後朝の歌(きぬぎぬのうた)

「後朝(きぬぎぬ)」。この言葉の意味を知ったのは、つい最近のことでした。私が20代のころから応援しているアーティストの歌詞の中に「後朝」があったのです。読み方や由来、意味が知りたくなったので調べてみました。

後朝の歌

平安時代の恋愛と言えば、顔も知らない相手と恋文を交わすところから始まったそうです。何度も恋文を交わし、思いを募らせて、その思いが高まった夜に、男性が女性の部屋をそっと訪れ、思いを遂げる、そういう感じで行われていたようです。なんともロマンティックですね。

これが現代だったら犬に吠えられたり、警備員に駆け付けたりと、何かと大変なことになりそうですが、平安時代だからこそできたことですね。

翌朝、まだ暗いうちから男性は女性の部屋をそっと抜け出し、自分の家に戻ったのだそうです。ではもうひと眠りという訳には行きません。男性には「後朝の歌」を届けるという大切なお仕事があります。

例えば

「逢いたい。どうしても逢いたい。逢えればこの命など短くなっても構いません」

という感じで恋文を送っていたとすると、思いを遂げた後は

「逢う前は命など短くても構わないと思っておりましたが、あなたに再び逢えるならもっと長く生きていたい」

という感じの歌を手紙に認めて送るのですね。

平安時代のお付き合いというものは、とてもマメで丁寧だったのですね。

後朝の文

当時はメールはおろか、電話すらありませんでしたから、後朝の歌は「手紙」という形で女性に渡されました。男性が自宅に戻ったら、後朝の歌を書き、それを「後朝の文」という形で従者が届けるのですね。

男性が去った後、女性はもうひと眠りするのではなく、後朝の文が届くのを今か今かと待ち焦がれているのです。それが分かっているから、男性も後朝の文は一刻も早く書いたのだそうです。何というか、とても健気ですよね。

現代だったら「定型文」を下書き保存しておいて、帰りの車の中で「送信」しておいて、さてもうひと眠りとなりそうですが、そうはならないのですね。

後朝の別れとは

まだ顔も知らない相手に恋文を送り、思いが高まった夜、男性が女性の部屋を訪れ、思いを遂げる。肌を寄せ合う男女の上には、互いの衣を重ね合わせて掛けていたのだそうです。現代の服は体にフィットしたものですからちょっと想像がつきませんが、当時は幾重にも重ね着した着物ですから、それこそ布団の代わりにもなれたのでしょう。

朝になれば、男性はそっと帰らなければなりません。その時に重ね合わせた二人の衣も離れ離れになります。これが後朝の別れで、別れる辛さ、名残惜しさを、このような形で表現したのですね。

後朝の意味

平安時代の男女のお付き合いというと、深夜に女性の部屋を男性が訪れるという形で行われていました。お互いに衣を脱ぎ、肌を合わせて、その上から互いの衣を重ね、翌朝まで過ごしました。

翌朝、男性はまだ暗いうちからそっと抜け出して、帰っていきました。かけ布団のように体に掛けていた二人の衣も離れ離れとなります。これを「後朝」と書いて「きぬぎぬ」と読むようになったのだそうです。

後朝の読み

「きぬぎぬ」と読みます。「衣衣」と書く場合もあるようです。平安時代の男女の恋というと、男性が女性の部屋に密かに訪れ、そのまま一夜を共にし、翌朝まだ暗いうちに男性が帰るという形で行われていたそうです。

それまで肌を合わせていた男女が、まだ暗いうちにそれぞれが衣(きぬ)を着て別れる。だから衣衣と書いて「きぬぎぬ」と読むのですね。

後朝が出てくる歌

私が20代の頃から、約30年に渡ってず~っと慕い続けているアーティストの方がいらっしゃいます。その名は山石敬之さん。この方が描く歌詞、奏でる旋律には、いつも心を揺さぶられます。

アーティストとして表現し、世に問う。その時の「言葉選び」はとても大切だと思います。今回は山石さんの代表的なナンバー「君は花を枯らさない」に出てくる印象的な言葉が後朝。良ければ聴いてみてください。歌詞はこちらです。


(1分18秒頃に「後朝」が出てきます)

 

良かったらシェアしてくださいね!

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。